Ep.001-01:撃滅社現る!(1)
過去から逃げたかった。
いや、友人たちから逃げたかった。
だから、十字谷徹は、慣れ親しんだ我が家と街を出た。
両親は、というか主に母親はとても心配したが、仲の悪い隣人たちと過ごすくらいなら、見知らぬ人の間で過ごしたほうがマシだった。
山の中の小さな集落で、落ちぶれたとはいえ最も力の強い鬼頭十字谷の家。
その次期当主であり、唯一の子供である徹には、友達がいなかった。
全ての住人は、彼の家に伝わる力。いや、彼の血に流れる力を怯えていた。
“鬼の子”と呼ばれ、石を投げられることはあっても、声をかけられることは無かった。
正直、外に出たかったが、零落した旧家に古くから伝わる領地を捨てて他へ移る力は無く、彼自身の進学にすら苦労する状態であった。
だから、彼は自分の力で大学へ進学するために故郷を離れた。
物語は、大学に進学した彼が、都倉沢市の学生アパートに引っ越し、彼らと出会うことから始まる。
「今日からここで暮らすのかぁ……。」
6畳ほどの大学に紹介してもらった部屋に寝っ転がると、徹は欠伸をかみ殺しながらこれからの行く末を思った。
地元の友人には会いたくなかったから、高校から市外の、できるだけ離れた場所にある高校に通っていたが、あの当時は自宅から通っていたから完全に近づかない状態というのは生まれて初めての経験だ。
起き上がると無数の段ボール箱が積まれたままだが、大学が始まる前に片付けなければいけない。
2階のアパートに西日が差し込んでくる。もうすぐ夜だ。そろそろ晩御飯を何とかしなければいけない。
まだ、布団以外何も出ていないのだ。当然、台所なんて食器も何もない。
財布の中身とかのことを少し考えて、最後に母親に「ご飯はしっかり食べなさいよ?」と言われたことを思い出して、徹は立ち上がった。
靴を履いて外に出る。
「……この時間ならどこでも飯屋は空いてるだろ。」
コンビニ弁当よりは外食の方がマシだろうと、札束の入った財布を握って、夕闇迫る都倉沢の街に繰り出した。
夜の都倉沢は、地元と違って賑わっていて、繁華街はまるで昼間のような雑踏に包まれていた。
おしゃれなカップルとか、家族連れとかが自分の横を通り過ぎていく。
……まあ、大学生らしい連中も見かけないことはないが、どうやらここは大学生向きの場所ではないらしい。
一人でとぼとぼと歩く、身長190cmでどちらかといえば大柄な徹は大層浮いていた。
まだ、この街の地理に疎いのもあって、ふらふらと歩き回っていた。
柄にもなくセンチメンタルな気分であった。
そんなときだ。
「はい、どうぞーっ!!」
ぼーっとしながら黄昏に染まった街を歩いていると、急にティッシュが差し出された。
立ち止まらずに受け取る徹。お約束の消費者金融の奴かな?と見てみると、そのティッシュには、「妖怪退治から人探しまで。何でも請け負う撃滅社!!」という胡散臭いキャッチコピーと、事務所の連絡先が書かれていた。
何故か住所は無い。
しかし、妖怪……公的には存在しないことになっているものを平然といってのけるとは、何者だ?と、足を止めて振り向くと、長い看板を持った長い黒髪の美女がティッシュを配っていた。
看板には、デカデカと撃滅社という文字と同じキャッチコピーが書かれていた。
良く見ると、腰まであろうかというロングヘアの彼女は、腰を出した短いジャケットに切り口が深いスリット入りのロングスカートというとても目立ついでたちで、一人、ティッシュを配っていたのだった。
夕日に太ももと腰の括れが眩しい。
と、見とれること数秒。
向こうもこっちに気付いたらしく、にっこり笑って手を振ってきた。
ジャケットの下は、チューブトップだけ着ているようで、彼女の整ったスタイルが良くわかり……思わず顔が真っ赤になった。
この男、女性に対して免疫が恐ろしくないのだった。
原因は、彼の故郷に年頃の女性が殆どいなかったことに起因する。
そして、照れから、徹は頭を少し下げると、全力で逃げ出した。
周りにも、遠巻きに彼女を見ている人がいたのだが、彼女は彼にだけ微笑みかけた……という事実に気が付いたのは三日後のことだった。
まあ、そのときですら、夕日を受けて輝く彼女の笑顔を思い出して、思考が半分以上フリーズしていたが……。
ちなみに、結局そのあとは道に迷ってしまい、とりあえず近くにあったファミレスで晩御飯を食べた結果、帰宅は深夜となってしまった。
ついでに、本屋でグラビアアイドルの水着写真集を買っているあたり、この男の駄目さ加減が伺える。
徹は、直接会うのでなければ、非常に女好きであった。
ヘタレ、ここに極まる。
→続く。